ラティハン日記・掲示板

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雑記帳5・トークは会員外秘

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トークは会員外秘。

それでどうやって「開かれた協会だ」などといえるのでしょうか?

会員外秘の理由を聞けば「ラティハンを実習していない人はトークを誤解するおそれがあるから、、、。」だとか。

しかしながらどのような文章であれ、そこには「誤解する人」もいれば「正解する人」もいます。

そして、その文章を書いた、あるいは話した方の真意などは知る由もありません。

読者はそれを類推するのみです。


他方で世の中で「聖典」と知られている物に対しては、そのような「会員外秘」という事はありません。

それは全ての人に対して開かれているのです。

しかし協会はトークを誤解されることを恐れるあまり、金庫にしまって鍵をかけるのが正解だと思っておられる様です。

そうして、一部の方がトークを自分達に都合の良いように引用し、解釈し、そうして要約本を出版して「ほうら、こんなに外部に対して開かれている。」、「秘密などはどこにもない」というような顔をするのです。

さて、このような状況が本当に「人類に対して開かれた協会のありよう」なのでしょうか?

個人的には非常に疑問を感じるのであります。

PS
そのようにして作られた要約本、ストーリーが明確になっていますから理解しやすいですね。

そうしてそうであればわざわざ原典である「バパのトーク」にあたることも必要ない訳です。

そうやって「2次創作の要約本」が原典であるトークより重宝がられ、会員から頼りにされる。

その時に要約本はまるで教義を集めた教義集の様に扱われる事になります。

「ラティハンの進歩はこのようでなければならない」とか、「ラティハンの意味はこういうものだ」とかまるで会員はそれを教科書のようにするでありましょう。

こうして「協会の宗教化」は完成に至るのであります。

PS
この話、かつてバパが「バパの話は会員でないと聞くことができません。」と言ったのが、そもそもの始まりだったと思います。

実際にその頃のバパの話を会員でない人が一緒に聞いていたら、その場でオープンされてしまう可能性さえあったものと思われます。

まあしかし、そんなことも過去の話となりました。

そうしていまや、バパのトークを公開できないもう一つの理由が明らかになりつつあります。

それは、バパのトークの中に矛盾する記述やら、理解に苦しむ記述やらがあり、もし仮に現状のままで公開した場合には、外部の人から「これはどういう意味ですか?」と問い合わせがあった時に協会が答えらえない、という事態が想定されます。

それでは協会の面目がつぶれてしまいますね。

ですから、そのような事態は避けねばなりません!

他方で、トークからあるストーリーにそって選別して編集した要約本であればそのような心配はなく、どのような質問にも安心して答える事ができます。

しかしながら、そうであるとすると永久にバパのトークが公開される、ということはなく、それは何を意味しているかと言いますと、協会の内部の情報と外部の情報が接続されることは無い、という事を意味しています。

つまり、協会はその内部においてのみ通用する常識でしか運用されることはなく、どこまで行っても世界に開かれた、グローバルな姿になる事はない、という事であります。
(協会の外部にある一般常識と協会内部にある常識のすりあわせ、連続性の確保が起きない、という事です。)

そうして、残念ながらそのようなグローバル化できない協会の在り方というものは、決してバパが望まれたものではない、という事は明らかな事なのであります。

追記
上記の事を要約しますれば「協会はバパのトークの全体像を協会外部に対して正しく伝える、正しく説明する、という努力をサボっている、と言う事になると思われます。

PS
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