ラティハン日記・掲示板

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雑記帳34・バパの堕落論とベネットの進化論

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さてバパは「人類はアダムに始まってそこからは堕落の歴史が今日まで続いている」と論じます。

他方でベネットさんは「人類の精神は進化の途上にある」と論じます。

この話、一見すると「まるで方向が逆ではないか」と見えるのですが、いずれにせよ今いる場所から出発して上に登らなくてはならない、という意味では、目指す所、やる事は同じ事の様です。


バパの説明はアブラハムの宗教の伝統に沿ったものであります。

他方でベネットさんの説明は、今という時代の精神に沿ったもの、いわゆる「科学的なものの見方、歴史観」に従ったものの様に見えます。

そうしてベネットさんは、まずはグルジェフの体系で人の精神は次のステップに行けるのではないかと試されました。

それで、うまくいかずに次にラティハンを試された、という訳です。


しかしながらラティハンそのものは容易なのですが、ラティハンで進歩し続ける、ということは、変化し続けるということは、実はとても難しい事なのでありました。

それゆえその事に耐え切れなくなって、ベネットさんはグルジェフの体系とラティハンとを融合させようとした模様です。

しかしながらハート、マインドとジワとの融合というのはラティハンによってのみ可能になるものでしたから、結局はその試みはうまくいかなかった模様です。


もし人がラティハンを継続する事によって疑問を持たなくなり、自分を顧みなくなって、「ああこれで安心だ」という状態になったとしたら、現状に満足し、その先を見据えないとしたら、それはあきらかにマンネリに落ち込んでいる事になります。

ラティハンを続ける事で精神的な創造性がなくなるとしたら、それはラティハンのせいではなく、その人のラティハンに対する態度のせいであります。

ラティハンは人をして愚鈍にするようなものではありません。

まさにその反対のものであります。

そうでありますから、「ああ、これで楽になった」ということで満足し、そこに安住するならばそれはバパが目指したもの、そうしてまたベネットさんが希求したものとは全く別のものになる訳であります。


PS
「雑記帳・目次」にはこちらから入れます。<--リンク

ラティハン日記 目次

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目次

第0章・スシラ ブディ ダルマ<--リンク

第1章・ウエルカム トゥ ラティハン (ラティハンにようこそ<--リンク

第2章・ラティハンとは何か<--リンク

第3章・バパの語りしトークなど<--リンク

第4章・道を求めて<--リンク

第5章・特集記事一覧<--リンク

第6章・レビューポイント<--リンク

第7章・2代目のことなど<--リンク

第8章・協会の来し方行く末<--リンク

第9章・インドネシアの宗教とクバティナン<--リンク

第10章・バパトークの索引<--リンク

第11章・Latihan Stories and Susila Budhi Dharma<--リンク

終章・参考文献<--リンク

付録・雑記帳<--リンク

日本人の魂(jiwa)の極楽(天国)

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以下 「日本人の魂の極楽」より全文引用<--リンク

そして分かりやすくまとめられている「mansonge のニッポン民俗学」に感謝します。<--リンク

▼序

 「知らぬが仏」とはよく言ったものだ。

安眠をむさぼっていた日本思想は、仏教思想によってたたき起こされて以来、長らく自信を失っていた。

しかしその後、日本思想は当の仏教思想を摂取し続けることによって、ついに日本人の魂の極楽を見つけたのである。

(本小論では触れないが、この続きを言えば、今度はキリスト教=西欧近代思想が日本人の魂の極楽に闖入し、日本思想は現在またも自信喪失の病床にある。)


 この小論は、日本人の魂についての覚え書きである。

▼太古、魂は幸せであった

 太古は人間の魂にとって平安な時代であったようだ。

エリアーデが語る「死と再生」の永遠回帰を倦まず繰り返していたことだろう。

この時代には個人はなかった。

死者はただあの世に逝くだけだ。

横死した場合も、カミがあの世に連れていってくれた。


 あの世に天国も地獄もない。

死ねば行く所であり、生まれるまでいる所があの世である。

つまり身体がない魂の国なのだ。

それに対して、この世では魂は身体の中にある。


 魂に前世の記憶はない。

魂は、年をとるようなものではないのだ。

このころ、魂とは生気エネルギーだ。

生きるとは息をすることであり、空気を呼吸することである。

赤子は息をして生まれる。

すなわち、気こそが生命なのである。

これが弱まることが、気涸れ(けがれ)あるいは気離れであり、後の穢れや汚れではない。


 カミは様々いたが、蛇について触れておく。

蛇は「死と再生」のカミだ。

この世とあの世の往還が死と再生だが、この擬制が祭りである。

死と再生は、一年の中にも一月の中にも一日の中にもあった。

人々はこれら小サイクルの中の祭りで、死と再生を繰り返していた。

気涸れとはそういう「死」であった。

蛇が脱皮して成長していくように、人や世界も、神聖なる時空間を脱皮していくのだ。

再生(新生)するために死なねばならない。


 そういう気涸れには、後のような祓ったり清めたりすることでは意味をなさない。

死に場所を与えること、あるいは死にゆく魂を救うことでなければならない。

死に場所とは、子宮のような冥い穴ぐらである。

後のこもる所である。

では、どうやって死にゆく魂を救うのか。

魂は生気であったから、これを活気づければよい。

すなわち、魂振りである。

鈴を振るように魂を振ること(これが物部の仕事であった)。

引用注(魂振り:Wikiより抜粋<--リンク)神道では、生者の魂は不安定で、放っておくと体から遊離してしまうと考える。これを体に鎮め、繋ぎ止めておくのが「たましずめ」である。「たまふり」は魂を外から揺すって魂に活力を与えることである。


 モノと言えば、大物主を思い出すが、そう言えばこの神は蛇であった。

魂はカミにもなりモノにもなった。

カミとモノに共通するのは霊威の強さだ。

カミは人々に信認された霊威であり、モノは信認されなかった霊威である。


 魂はしばしば浮遊した。

夢を見ている間、魂は浮遊している。

夢では、あの世との交渉も自由だ。

カミやモノとも出会う。

夢から覚める時、魂が浮遊したままでいると、死んでしまう。

死んだ魂は鳥となってあの世へ飛んでいった。


 個人がない時代、すなわち内面のないこの時代では、吉凶や善悪はカミがなせる業であった。

だから、死もカミの定めたものであった。

カミが定めた罪人は、カミの加護を失った者として、カミの世界(共同体の範囲、村コスモス)から遠ざけられた。

つまり、異界に流されたわけだ。これは穢れとモノの起源である。


 しかしカミの霊威は強く、まだたたりのない時代であった。

人は死ねばあの世に行くことができた。


▼古代国家の生成と仏教の流入(引用注:奈良時代ー>平安時代にかけて)

 仏教は、内面の罪と地獄をもたらした。

この世に個人を目覚めさせ、極楽と地獄という二つのあの世をもたらした。

平安な時代は終わったのだ。


 神帝は人帝となり、国家が立ち上がる。

刑罰は、神の名のもと人が下すものとなった。

紀記神話にはすでに「古代」が忍び込んでいる。


 気涸れは穢れとなった。

集合的な魂は個別化されつつあった。

そこここに漂っていた魂=生エネルギー=生命が、個人的な魂=心になろうとしていた。


 穢れは祓わねばならない。

祓いとは、穢れをぬぐい浄めることだ。

古来、穢れは水に流された。

これを水にすすぐことが、禊ぎである。

ところでこの水はどこに流れてゆくのだろうか。

異界である。

他界であるあの世ではない。

異界とは共同体=国、コスモスの域外のことである。

タマやカミではないモノの棲む世界を言う。

長らく、この世=世界は(実はあの世も)限られた自分たちだけの世界=コスモスであったのだ。


 仏教の如来や菩薩は新しい外来のカミとして、新しい人たちに迎えられた。

どのようなカミであり、また新しい人たちとはどのような人たちか。

新しい人たちとは、日本の神には祓えない罪、神意ではない罪に穢れた、つまり内面に目覚めた個人の罪を自覚する人たちである。

この罪に穢れた魂はあの世には行けない。

死後に地獄が待ち受けているのだ。

この罪を祓うカミが如来や菩薩であった。


 皇族や貴族たちがすでに内面の罪に目覚めていた。

彼らには死後に平安なあの世に行けないかも知れないという不安があったのだ。

日本の神は霊威を失いつつあった。


 しかし、大部分の日本人は個人の罪なぞ知らなかった。

日々を神意を伺うことで過ごし、累積した穢れは定期的に祓い流していた。

祭りが自分たちのコスモスの再生儀式であることにも変わりはなかった。

また、稲作が盛んになり、蛇のカミは雨をもたらす恵みの神となっていた。


▼祓えない穢れ、たたる死者たち(引用注:平安時代

 仏教思想は徐々に全国に浸透していった。

皇族や貴族たちに続き、個人に目覚めたのは全国の豪族たちである。

彼らも外来のカミを熱烈に求めた。

彼らには、日本の神自身が気涸れてきているように思えた。

律令国家以降の社会進展の担い手である彼らには、それほどまでに日本の神の霊威は衰えて見えた。


 そこで神の境内に神宮寺が誕生する。

主として密教系のパワーあるカミが祭られた。

密教のカミは呪術のカミだ。

個人の頼みごとを聴くカミだ。

豪族たちは、現実変革を求めていたのだ。

律令国家の「紀記神話」体制による社会や土地制度は崩れつつあった。

空海が請来した密教はこの流れを国家的にも完成させた。

天皇から庶民まで、日本全国が密教化することになる。


 このような社会変化は、それまで疑いもせず日本の神にすがってきた人々にも、逃れがたい葛藤をもたらすこととなった。

神が力を弱めたため、あの世に行けない魂が出現し始めたのだ。

そうして、モノ化した魂がこの世にさまよい出す。


 また、穢れが、神の霊力では簡単に流せなくなった。

社会の進展は人々の生活コスモスを一気に広げ、神がこれまでカバーしてきたエリアをはるかに越えてしまった。

地理的にも異界ははるか遠のいてしまっていた。

死ぬこともあの世に行くことにすぎなかったのに、選ばれた者しか極楽というあの世へは行けないということになった。

さらに、死は穢れたものとなった。

穢れが流せない以上、一時遠ざけるほかない。

これが物忌みである。


 横死した魂、特に怨みを含んた死者はあの世に行けず、モノと化し、堂々とこの世に現れ、たたるようになる。

このころ、蛇のカミは忿怒する雷となる。


 たたる死者=魂を慰撫する手段はもちろん密教である。

魂を慰撫することを鎮めるという。

鎮魂仏教による魂鎮めである。

魂を活気づけるためになされたのが魂振りであったが、いまや魂は鎮めるものとなった。


 たたる魂の方も密教的な背景で出現する。

菅原道真大日如来の化身である帝釈天の弟子、観自在天神となっている。

ご存知の通り、この魂鎮めは見事成功し(現世的な贈位によってだが)、後にたたるモノから天神というカミに転身するのだが。


▼成仏への道(引用注:平安後期)

 もはや日本人の魂は、仏教思想抜きには立ち行かなくなった。

こうして浄土思想が本格的な威力を発揮し始める。

罪人である個人は地獄へ堕ちる。

しかし阿弥陀仏にすがれば、極楽往生できるかも知れない。

密教は現世的生活呪術であったが、浄土教は来世的生活呪術である。


 始め極楽往生の願いは寺や僧をかかえることができる裕福な支配層にしか許されないものであったが、やがて法然が専修念仏を説く。

すなわち、誰でもができるやり方(呪術)で極楽往生の願いが叶うことになったのだ。

ようやく日本人の魂はあの世への方途を再び見つける。


 いつしか、極楽に行けることを「成仏」すると言うようになった。

これは日本的な言い方ではないか。

仏に成ること=悟りを開くことと、極楽に行くこととは本来違うはずだ。

極楽に行くことだけで仏になれる。

あたかも、あの世に行くだけでカミになれるように。

「極楽」とはあの世のことであり、「仏」とはホトケというカミではないか。


 葬式とは、日本人の魂をあの世に送る鎮魂呪術儀式にほかならない。

たたることなく、つまりモノとなってこの世をさまよい歩くことなく、あの世に再生するための。


 ついには、死者をただちに「ホトケ」と呼ぶようになる。

死ぬことを「成仏」と言い、死んだだけでホトケ=カミとなれるようになる。

もはや鎮魂呪術すら不要なのだ。

ここに、すべての日本人の魂はあの世という極楽へ行けることとなった。


▼結び

 しかし、現在でも死者の祟りは信じられている。

横死者はもちろんのこと、実験解剖されたカエル、飼い犬や猫、使い古された針までも、供養を受ける。

無事にあの世に行けるように葬式呪術が施され、成仏する(カミとして再生する)よう弔われるのである。


 因みに、現代の幽霊も弔いによって成仏するわけだが、これを最初にパターンした劇が能である。

能では、主人公があの世に行けずさまよう魂(モノ)と出会い、供養を施して魂が成仏することで終わる。

このときまでに、日本人が現在に至る鎮魂形式を完成させたことを示す証左である。


(補足としての自注)

1、大陸からの流入思想を「仏教」に一括している。

儒教道教の独自の影響についてはここでは無視しているが、日本に流れ込んだ仏教にはすでに儒教道教の影響が含まれ、古神道と相俟って日本仏教を育んだものと考える。

2、仏教での他界を「極楽と地獄」に限定している。

六道輪廻、また輪廻転生そのものについては触れていない。

日本には古来、この世とあの世の往還というごくフラットな生まれ変わり思想があり、また人間以外の生物も同様な往還を繰り返していた、と考える。

[主な典拠文献]-->原典を参照ねがいます。<--リンク

ここまで引用でした。
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PS
仏教の伝来が日本にとっての失楽園の始まりでありました。

つまりは仏教が「リンゴ」であったと。

なかなか興味深い言説であります。

なお ジワ、生まれ変わり等に関連したページにはここから入れます。<--リンク


PS
インドネシアに海を越えて外部から宗教が入ってくる前は、そこには自然発生的なアニミズムの時代がありました。

この辺りの事も日本と相似的な事であります。

それについてはたとえば以下の様な記事があります。<--リンク

アニミズムの時代にもすでに信仰の徒(Penghayat)はいたわけだし、その時代にすでにパンチャシラの基礎はあったのだ。

ただ石などの呪物に対する崇拝というのは、そうしたアニミズムの時代固有のものであり、我々の基礎はあくまでも「唯一なる神」(Tuhan Yang Maha Esa)である。』

あるいは、このような記事も参考になります。<--リンク

『この「唯一神」という概念はインドネシアでは古くからの伝統のあるものの様であります。

たとえば「唯一なる神格 Ketuhanan yang Maha Esa (39 Page)」

有史以前のインドネシアの祖先たちが、完成したク・トゥハン・アン(絶対的神格)に対する理念と概念を持っていたことは、すでにたびたび確認してきた。・・・・・』

こうして当時のインドネシアではアニミズムと共にすでに「唯一なる神格 Ketuhanan yang Maha Esa」というものが存在し、それらが共存していた事が分かります。


そうして次の時代が海外からの宗教の伝来という事になります。

インドネシアでは最初に来たのがヒンドゥー教で遅れて仏教がインドから伝来しました。

そうしてそれらの宗教を国教として国を治めたのでありました。

243.サイレンドラ王国<--リンク

244.古マタラム王国<--リンク
・・・・・
インド文化の影響のもとにサイレンドラ王国は《仏教》を、古マタラム王国は《ヒンドゥー教》を国教としていた。

ボロブドゥール(→126)やプランバナン(→128)の世界に誇るこれらの遺跡はこれら両王国が残した輝かしいモニュメントである。
・・・・・

ここまでは日本の奈良時代平安時代と同じようなものでありました。

しかしながら、その当時のジャワの一般の人々がどのように魂の救済をとらえていたのかはよくわかりません。

これは今後の検討課題であります。


さてその後日本にはキリスト教がジャワにはイスラム教が伝来します。

日本のキリスト教はこの国の王である支配者が出した「禁教令」によって禁止され、それと相まって出された「寺受け制度」と相まって、日本の仏教化が完成します。<--リンク

キリスト教伝来までに日本国内が武士によって統一されていた為にそのようになりました。

でも支配者層が自分たちの魂の救済をキリスト教に求めていたら話は大きく変わってきますが、そのようなことは起こらなかったのであります。


一方ジャワではイスラム教が広がり始めます。

249.ドゥマック王国の勃興<--リンク
・・・・・
マジャパヒト王国の衰退は内紛もあるが、東南アジアを取り巻く状況の変化である。

交易の中心はイスラム教を奉じるマラッカ王国に移り、イスラム教の影響がジャワ島に及んだ。

ヒンドゥー教を奉じる大帝国マジャパヒトの覇権は次第に色褪せ、領土はイスラム勢力によって蚕食(さんしょく)された。
・・・・・

インドネシアには常に西方から海を渡って宗教が伝わってきた様です。

それも宣教師が先行したわけではなく、海洋貿易にたずさわっている商人たちが最初に伝えたのでありましょう。

そういう訳で、今回のイスラム教も前回のヒンドゥー教や仏教と同じような経路でインドネシアに伝来してきたものと思われます。

そうして、このあと紆余曲折をたどりながらもイスラム教は広まり続け、インドネシア列島のイスラム化が完成するのでありました。

こうしてインドネシアの人々はイスラムによる魂の救済を受け入れる様になったのであります。

PS
インドネシアの宗教の歴史一覧(リンク集)です。<--リンク(修正済)

それぞれの項目をクリックすると詳細が見れます。

ジャワ宗教にはこちらから入れます。<--リンク(修正済)

世界宗教の概要<--リンク

PS
人類というものは大差ないものだ、という、ちょっとした追加のお話です。

スティーブン・ケイヴ: 死について私達が信じる4つの物語<--リンク

PS
「ジワ(Jiwa)と転生の物語」にはこちらから入れます。<--リンク

ラティハン日記 目次 にはこちらから入れます。<--リンク

唯一神への信仰

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唯一神への信仰。

バパが「大切ですよ」と強調するものです。

さて、それはそれでいいのですが、この「唯一神」が何を指しているのかはどこにも明示されていません。

(ちなみに「唯一神」はトークでは「Tuhan Yang Maha Esa」と書かれています。)

もちろんバパはイスラム教徒ですからバパにとっての「唯一神」は「アッラー」であります。

さてそうであれば「唯一神への信仰」などと言わずに「アッラーへの信仰」といえばいいのであります。

でもそうは言えないのですね。

そう言ってしまっては「ラティハンはイスラム教徒専用」ということになってしまいます。

それでパンチャシラの表現にならって「唯一神への信仰」と言われたのでありました。


さて、このあたりの事情は先行していたパンチャシラでも同じでありました。<--リンク

そうして選ばれた言葉が「Tuhan 神」でしたね。(KeTuhanan yang Berkebudayaan)

それでインドネシアでは「パンチャシラのもと、全ての宗教は唯一神への信仰をしているもの」とされています。<--リンク

そしてwikiによればインドネシアではイスラム教、プロテスタントカトリックヒンドゥー教、仏教、儒教の6つの宗教が公認されているが、無神論は違法であり、公言をすると逮捕される可能性がある」とのこと。<--リンク

ですからインドネシアでは「ラティハンはイスラム教徒、キリスト教徒、ヒンドゥー教徒仏教徒儒教徒御用達」ということになります。


一方インドネシア人でない我々にとってみれば「唯一神」とは一般的には「アブラハムの宗教の神のこと」でありますね。<--リンク

そういう風に理解すると「ラティハンはユダヤ教徒キリスト教徒、そうしてイスラム教徒御用達」ということになります。


さあそれではバパはいったいどの意味合いで「唯一神への信仰」を語ったのでしょうか?

バパが言った「唯一神」というコトバの正体は何でありましょうか?

いずれにしても「ラティハンは全ての人類のものである」と言うバパでありますから、すくなくとも「パンチャシラ程度の包容力」は必要でありましょう。


そうしてパンチャシラが言う「唯一神への信仰」。

実はこの「唯一神」という概念はインドネシアでは古くからの伝統のあるものの様であります。

そのあたり、試訳(中辻 正)「スマルとは何者か?」を参照してみていきましょう。<--リンク


たとえば「唯一なる神格 Ketuhanan yang Maha Esa (39 Page)」

有史以前のインドネシアの祖先たちが、完成したク・トゥハン・アン(絶対的神格)に対する理念と概念を持っていたことは、すでにたびたび確認してきた

それゆえ、パンチャシラ Pancasila の第一原則、『唯一神への信仰は真に有史以前からの独自の個性を打ち立てたものである。』にも明記されている。

この唯一神への信仰の原則ゆえに、インドネシアに存在するすべての宗教と信仰は束ねられ得るのである

それは『ビネカ・トゥンガル・イカ・タン・オノ・ダルモ・マングルウォ BHINEKA TUNGGAL IKA TAN HANA DHARMA MANGRWA 、すなわち、様々な色は、二つとわけることの出来ない『真実』(神)があって、ひとつにすることができる』ということである。

・・・・・とか


あるいは「神聖と神聖なるもの (43 Page)」

 これまでの解説にさらに加えるものはもう無いと著者には思えるが、我々の祖先の才は賞賛に値するといえる。

その時、彼らは既に完全なる神性の理念と概念を持っていたのである


そしてこの意見には同意が得られると思うが、パンチャシラ(第一原則、唯一神への信仰)は、国とインドネシア民族の人生哲学の基礎とされるものであり、個人各々の人格の上に堅固なそびえ立つ『神聖・超越的』理念である。

・・・・・などであります。


インドネシアに限らず「聖なるもの」はそうやって世界各地でいろいろな民族によりいろいろなコトバで言い表わされてきました。

それゆえに、そういうものを全て包括できる「唯一神」でなければバパが主張する「ラティハンは全ての人類のものである」というような状況は決して生まれることはないのでありました。


PS
本来は名前など持つ必要がないのが「唯一」にして「超越しているもの」であります。

でもそれでは困るのが人間でありました。

そうやって世界各地でいろいろな名前で呼ばれる様になったのです。

そうして、そうであればどのような名前で呼ばれようとも「超越しているもの」には本来は関わり合いのないこと、少しも困らない事なのでありました。


PS
インドネシアでは憲法のもとで全ての国民は何らかの宗教を持ち、そうしてそれらの宗教は全て「唯一の神を信仰している」のでありました。

従ってインドネシア国民はバパが設立した協会に入る時に「自分の宗教が障害になる」というようなことは決して無いのであります。

そうしてそのような状況が成立している為、「バパが作った協会は宗教フリーである(どのような宗教をお持ちでも問題なく入会できますよ、、、という意味)」と主張することがインドネシアでは可能になるのでありました。


でもこれはインドネシアでのみ通用する話であります。

憲法で本当の「宗教の自由(信教の自由)」を規定している国々では「宗教ではない」と言いつつ「唯一神を信仰せよ」という協会のルールでは「憲法違反のおそれ」があるようにも見えますね。

それでも「信仰の踏み絵」を要求するならば、まずは自分たちを「宗教団体」と表明してからにするべきでありましょうか。

そうするのが「フェア(公平)」というものであります。


事実我々は「何を信仰し何を信仰しないか(どのような圧力であれ受ける事なく)決める自由」があります。

そうして「宗教団体ではない」と公言しているバパが作った協会に入るにあたって「信仰の踏み絵」を踏む必要はないのです。

但しバパの説明を聞いていただく事は必要でありますが、その上で「入ります」と表明すれば「拒否される理由」はどこにもありません。


以上が入会にあたって「確認が必要な事のすべて」なのでありました。

そうして実際に会則条項のどこにも「入会するには信仰の踏み絵が必要」とは書いてありません。

それどころか「宗教はいっさい問わない」とあります。

「何を信じ何を信じないか自由である」と。

そうして「問わない」のでありますから、「信仰の踏み絵」などはもってのほかであります。

これは自分たちで作ったルールですから守るのは当然のこと、当たり前でありますね。


さて「そのような協会の意向に反対するような事を考えているとラティハンが止まってしまうぞ」というような声が聞こえてきそうです。

いいえそんな心配は不要ですね。

スシラブディダルマにこう書かれてあります。

「欲望や願い、そうして感情や思考、そういうものを自分から離して正しく全託できればラティハンを受けられます」とね。

そうしてどこにも「あれを信じなさい。これを信じなさい。」

「そうしないとラティハンにはなりません」とは書いてないのでありました。

PS
インドネシアで宗教とはパンチャシラ(→365)の"最高神への信仰"で唯一神への信仰とされている。

仏教もヒンドゥー教唯一神に体系化されている。

クバティナンはスハルト大統領になってから宗教ではなく信仰、即ちジャワ固有の文化として認められた。

管轄も宗教省でなく、教育文化省である。

以上、インドネシア専科よりの引用でした。

詳細は707.クバティナンを参照ねがいます。 <--リンク

(引用注:もちろんバパが作った協会もクバティナン登録なのでありました。<--リンク
     そうしてインドネシアでは「宗教と信仰は別物」の様でありますね。)

PS
こちらでは付論にて「(インドネシアでの)信仰の誕生」が語られています。<--リンク
(うまくリンクできない時はhttp://d-arch.ide.go.jp/idedp/ZAJ/ZAJ200306_021.pdfにて。)

PS
1997年に出版されたAntoonさんの本でも83ページで「信仰の誕生」が語られていました。

Santri Roh Antoon でググってみて下さい。

Antoonさんの本にGoogleぶっく検索結果としてヒットしますので、ご確認をお願います。


PS
On The Subud Way4ページはスシラブディダルマからの引用になっています。

さてスシラブディダルマでは「全能なる神(アッラー)」と記述されていますが、On The Subud Wayでは「全能の神」とだけ記述されています。

さて質問です。

バパはどのように語られたのでしょうか?

答えは「アッラー」でしょうね。

でも我々はそれでは都合が悪くなったので「アッラー」を表示しなくなったと。

まあそういう訳であります。

そうしてそれが「時代の流れに合わせてバパのコトバを変える」ということなのでありました。


PS
日本で「唯一神への信仰」という教義を広めたいのなら宗教団体を名乗るのがまっとうなあり方でありましょう。

一般社団法人を名乗りながら教義を広める」、、、というのでは「団体としての誠実さ」が疑われても言い訳ができませんね。

ちなみに「唯一神への信仰」で「魂がサルベーション(救済)される」とするのはアブラハムの宗教では「基本中の基本」となる話であります。


PS
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雑記帳29・三毒「貪・瞋・癡(とん・しん・ち)」と3つのナフスNafsu

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仏教では三毒「貪・瞋・癡(とん・しん・ち)」を減らせ、と言います。<--リンク

三毒(三不善根)は悪の根源であり、それが展開されて十悪となる。
・・・・・
貪(とん):rāga
貪欲(とんよく)ともいう。
むさぼり(必要以上に)求める心。
一般的な用語では「欲」・「ものおしみ」・「むさぼり」と表現する。

瞋(しん):dveṣa
瞋恚(しんに)ともいう。
怒りの心。
「いかり」・「にくい」と表現する。

癡(ち):moha
愚癡(ぐち)ともいう。
真理に対する無知の心。
「おろか」と表現する。』

さて、バパが展開するナフス論では、3つのあまり上等でないナフスが登場します。

そうして、それが何故かこの三毒に対応している様なのです。(注1)

貪(とん):rāga<--植物力によって生じるナフス アルアマAluamah<--リンク


瞋(しん):dveṣa<--物質力によって生じるナフス アマラAmarah<--リンク


癡(ち):moha<--動物力によって生じるナフス スピアSupiah<--リンク


いずれにしましても、仏教では「煩悩の元凶」とされるこれらの三毒がラティハンで正常化される、としたならば仏教徒の皆さんにとっては大変な朗報ではないかと思うのであります。

注1
「人がどのような欲望を持っているか」という事を問いただしていった時に、どのような宗教であれ、あるいはどのような方であれ、現実に存在している人間のありようを無視する事はできません。

そうであれば、その欲望をどのように整理・分類し、どのような名前をつけるのか、ということは時代と場所によって異なってくるものではありましょうが、その本質はほとんど変わりはしない、と見るのは当然の帰結となります。

但し、ジャワに生まれたバパでありますれば、その場所にかつて栄えた仏教・ヒンドゥー教の影響の名残りがあるジャワの文化の影響を受けていると見る事は可能であろうとは思います。

PS
ご参考までに。
・煩悩(ぼんのう)とは?<--リンク

「雑記帳・目次」にはこちらから入れます。<--リンク
 

Miscellaneous note 5 ・ Talk is confidential.

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Talk is only open for members.


So how can we say that our association is opened?

If you ask the reason of secret , "People who do not practice Latihan may misunderstand the talk, so ...."

Whatever the sentences, there are "misunderstanding people" and "people who answer correctly".

However, we do not know the real intention of those who wrote or talked about that sentence.

The reader only analogizes it.

On the other hand, for things known worldwide as "scriptures", there is no such thing as " secrecy only for members".

It is open to everyone.

However, the association is afraid of misunderstanding the talk and seems to think that it is right to lock it in a safe box.

Then, some people quoted and interpreted the talk as convenient for them, and then published a summary book.

And they said that "yes, this is open to the outside", " There is no secret anywhere. "

Well, can we say that our association has been open to humankind truly"?

Personally I feel very doubtful.

PS
It is easier to understand because summary books and stories made in this way are clarified.

If so, it is not necessary to take to correspond to the original difficult talk of Bapak.

In that way "summary book of secondary creation" may be more useful than talk which is the original text.

And it will be relying on by members.

At that time the summary book will be treated like a doctrine collection that gathers doctrine.

Latihan 's progress must be like this or" Latihan' s meaning is this "and the members will make it like a textbook.

Thus "religiousization of association" leads to completion.

PS
Bapak once said that "they can not hear Bapak's talk if they are not members."

This story, I wonder that it was the beginning point.

Actually, it seems that there was even the possibility that they were opened if people who are not members are listening together about the Bapak 's talk at that time .

Well, however, such a thing has become a story of the past.

There is no such worry now, it is possible to reveal Bapak 's talk with confidence.

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雑記帳5・トークは会員外秘

Hatena - ラティハン日記・掲示板 目次<--リンク

トークは会員外秘。

それでどうやって「開かれた協会だ」などといえるのでしょうか?

会員外秘の理由を聞けば「ラティハンを実習していない人はトークを誤解するおそれがあるから、、、。」だとか。

しかしながらどのような文章であれ、そこには「誤解する人」もいれば「正解する人」もいます。

そして、その文章を書いた、あるいは話した方の真意などは知る由もありません。

読者はそれを類推するのみです。


他方で世の中で「聖典」と知られている物に対しては、そのような「会員外秘」という事はありません。

それは全ての人に対して開かれているのです。

しかし協会はトークを誤解されることを恐れるあまり、金庫にしまって鍵をかけるのが正解だと思っておられる様です。

そうして、一部の方がトークを自分達に都合の良いように引用し、解釈し、そうして要約本を出版して「ほうら、こんなに外部に対して開かれている。」、「秘密などはどこにもない」というような顔をするのです。

さて、このような状況が本当に「人類に対して開かれた協会のありよう」なのでしょうか?

個人的には非常に疑問を感じるのであります。

PS
そのようにして作られた要約本、ストーリーが明確になっていますから理解しやすいですね。

そうしてそうであればわざわざ原典である「バパのトーク」にあたることも必要ない訳です。

そうやって「2次創作の要約本」が原典であるトークより重宝がられ、会員から頼りにされる。

その時に要約本はまるで教義を集めた教義集の様に扱われる事になります。

「ラティハンの進歩はこのようでなければならない」とか、「ラティハンの意味はこういうものだ」とかまるで会員はそれを教科書のようにするでありましょう。

こうして「協会の宗教化」は完成に至るのであります。

PS
この話、かつてバパが「バパの話は会員でないと聞くことができません。」と言ったのが、そもそもの始まりだったと思います。

実際にその頃のバパの話を会員でない人が一緒に聞いていたら、その場でオープンされてしまう可能性さえあったものと思われます。

まあしかし、そんなことも過去の話となりました。

そうしていまや、バパのトークを公開できないもう一つの理由が明らかになりつつあります。

それは、バパのトークの中に矛盾する記述やら、理解に苦しむ記述やらがあり、もし仮に現状のままで公開した場合には、外部の人から「これはどういう意味ですか?」と問い合わせがあった時に協会が答えらえない、という事態が想定されます。

それでは協会の面目がつぶれてしまいますね。

ですから、そのような事態は避けねばなりません!

他方で、トークからあるストーリーにそって選別して編集した要約本であればそのような心配はなく、どのような質問にも安心して答える事ができます。

しかしながら、そうであるとすると永久にバパのトークが公開される、ということはなく、それは何を意味しているかと言いますと、協会の内部の情報と外部の情報が接続されることは無い、という事を意味しています。

つまり、協会はその内部においてのみ通用する常識でしか運用されることはなく、どこまで行っても世界に開かれた、グローバルな姿になる事はない、という事であります。
(協会の外部にある一般常識と協会内部にある常識のすりあわせ、連続性の確保が起きない、という事です。)

そうして、残念ながらそのようなグローバル化できない協会の在り方というものは、決してバパが望まれたものではない、という事は明らかな事なのであります。

追記
上記の事を要約しますれば「協会はバパのトークの全体像を協会外部に対して正しく伝える、正しく説明する、という努力をサボっている、と言う事になると思われます。

PS
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